図書室で勉強するアルバニア人の学生。
図書室といっても参考文献などの書籍は
置いていない。窓ガラスも割れ、とても
勉強する環境とはいえない。
 プリシュティナから北西約20km、コソボ解放軍の支配下のポランツェ村と接する検問所で警備に当たるセルビアの警官は、「毎晩狙撃兵が狙撃を始める。今のところ犠牲者はいない」と語った。最前線のためこの検問所には土のうを積んだ銃座がある。当然装甲車も配備されている。これだけの装備を持って抗戦して、40%の地域をコソボ解放軍に支配されている。コソボ解放軍の武器はなかなか強力なものとうかがえる。
 いったいコソボ解放軍とはいつ頃から活動が活発になったのだろうか。コソボ解放軍(Kosovo Liberation Army)は狙いを定めた人物を暗殺するアルバニア人武装グループとして1996年に出現した。攻撃はいたって簡単なもので、セルビア人警察官やセルビア人経営のカフェなどを攻撃しては逃げるというものだった。1997年にはいると、ただ銃撃しては逃げるという「ヒットアンドアウェイ」方式からより進歩した作戦をコソボ解放軍は計画し、セルビア政府の代表者などに対して実行するようになった。
 今のようにコソボ解放軍とセルビア警察の武装衝突の前、アルバニア人学生は自治権獲得を求めデモをおこなっていた。この学生デモを組織したプリシュティナ大学学生組合の国際担当アルビン=クルティさんは「今はデモを組織するときではない。どちらかというと、コソボ解放軍を支持したほうが独立は勝ち取れるだろう」と平和的独立は不可能という姿勢を示した。確かにアルバニア人が通う大学の黒板に「UCK」(アルバニア語ではKLAはUCKになる)の文字が書き込まれ、学生の支持は急速に高まっている。また学生の中にはコソボ解放軍に参加しているものもいるという。
 アルバニア人の学生は英語を流暢に話す人が多い。一方、セルビア人はあまり英語が得意ではない。ビルトゥトゥ=ガカフェリ君も大学で英語を専攻する一人だ。専門分野で一番人気があるのはやはり英語である。次に薬学だという。英語に人気が集中するのはやはり外国人記者の通訳として働けるからだ。ベオグラードでもすでに賃金滞納が2〜3ヶ月続いている状況だ。コソボでもベオグラード以上の賃金は期待できない。だから紛争取材に集まる外国人記者からの外貨に期待するのだろう。残念ながら理科系など製造業に関係する専攻は全然人気がないようだ。

 

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