ここで少し整理してみよう。アルバニア人側は国際社会を調停役にユーゴスラビア政府との対話を要求していた。一方セルビア政府はセルビア政府とアルバニア人政府の直接対話を要求した。3月におこなわれたコソボ解放軍のリーダー、アデム=ヤシャリ家の掃討作戦後、セルビア政府はすぐに交渉団をプリシュティナに派遣している。アルバニア人地下政府はこの交渉団との対話を拒否した。その理由は次のようなものだ。
「忘れるな!ここはセルビアだ」アルバニア人に対する威嚇だろう。セルビア人、アルバニア人によるものとこのような落書きはいたる所にある。
 アルバニア人地下政府にしては、コソボはすでに共和国として独立しているから、交渉するならユーゴスラビア連邦政府と交渉をするという姿勢を崩さなかった。また独立国家なのだから、その政府が危機に直面したら、NATO に軍事的介入を要請できると判断した。しかしセルビア、ユーゴスラビア両政府だけでなく国際社会にとってコソボは一自治州という立場は変わらない。この立場の違いが問題解決を遅らせているだけでなく隣国マケドニア、アルバニアへの紛争拡大を招く危険性をはらんでいる。
 しかし仮にセルビア政府が1974年憲法下の自治権をコソボに与えたとしたら今後紛争は収束するだろうか。コソボの人口は90%がアルバニア人だ。間違いなく立法、行政、司法はアルバニア人主導となる。独立運動は今以上に加熱し、アルバニアとの統合というシナリオはより強い要求となるだろう。ただ今のように軍事闘争を続けるよりは「平和的解決」の道を切り開くことになるだろう。だが独立運動が後退するとは思えない。
 バルカン半島の民族モザイク状態はコソボのアルバニア人問題はマケドニア、アルバニアに飛び火する可能性を含んでいる。すでにマケドニアも多数派はアルバニア人になろうとしている。コソボ問題を軽率に扱えば一気に周辺国へ紛争が飛び火するのは間違いない。そのときセルビア人、セルビア政府、ユーゴスラビアに責任があると非難しても後の祭りにしかならない。

 

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